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「ヘルシンキ生活の練習」【#図書館員の気になる一冊】

 著者の朴沙羅さんは社会学者で、2020年2月、フィンランドに移住しました。本書は、日本から約7,500km離れたフィンランド、ヘルシンキの地で、しかも新型コロナウイルスという未知の感染症流行下において、2人の幼い子どもと1から生活を始めた著者の暮らしの記録です。
 フィンランドなどの北欧諸国は、日本からはある種のユートピアのように見なされることが多いのではないでしょうか。フィンランド生まれの「ムーミン」や「マリメッコ」も、穏やかで牧歌的なイメージに影響しているかもしれません。また、「教育世界一」「幸福度世界一」といった報道がされることも多く、税負担が大きい分福祉が充実していて、教育水準も高い、豊かな生活がある、というような、「理想の社会」とされがちであるように思われます。
 しかし本書では、フィンランドでの生活について、実体験からの率直な意見が記されています。たとえば、保育園は保護者の就労支援のためではなく、子の教育を受ける権利に基づいて整備されていること、だから給食には朝ごはんも含まれるけれど、保護者の勤務時間などはあまり考慮されないこと、など、住んでいないとわからない制度についても知ることができます。
 読み進めていくことでわかるのは、「理想の社会」など存在しないということ、そこに住む人々の働きかけと試行錯誤によってしか、社会は前進しないということです。フィンランドにも格差はあり、パンデミックでは難民の人々がよりダメージを受けたといいます。ただ、ストライキやデモなど、市民運動や連帯が日常的で、それによって社会が変化することも語られています。
 社会や公共が何のためにあるのか、考えさせられる本であると同時に、「生活の練習」というタイトルに込められた意味に深く頷きます。そして、まえがきにあるように著者は在日コリアンであり、それが移住を選択した理由のひとつであることを、この社会で生きるマジョリティのひとりとして忘れてはいけないと感じました。 

(まつだ しおり)

 『ヘルシンキ生活の練習』朴沙羅著 筑摩書房 2021.11

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