大島真寿美『ピエタ』×テレマン室内オーケストラ コンサート&クロストーク、まもなく開催!
メインイベントのコンサート&クロストークの日が近づいてまいりました。ご予約頂いた方は勿論、今回はご参加頂けない方にも当企画を楽しんで頂 けますよう、展示図書をご覧になる際のキーワードをご紹介したいと思い ます。
2つめのキーワードは、‘ヴェネツィア’です。
イタリア・ルネサンスを皮切りに、華麗なる芸術都市として発展してきたヴェネツィア。文学においても、シェイクスピア『ヴェニスの商人』やトーマス・マン『ヴェニスに死す』など、多くの作品の舞台となってきました。『ピエタ』ではヴィヴァルディの生きた18世紀ヴェネツィアの史実を丹念に織り込みつつ、彼の周りの女性たちが、それぞれが置かれた境遇の中でかけがえのない存在として生きる様が描かれています。
では、その魅惑の舞台の歴史を『ピエタ』作中の描写を交えてたどってみましょう。
アドリア海の潟(ラグーナ)に浮かぶように造られたヴェネツィアは、立地条件から手工業や商業を生業とする者が多く、政治体制も経済政策を重視した方針が取られがちであったようです。11~13世紀にヨーロッパ各地で熱狂的な動きを見せた十字軍に対しても、消極的な参加に留めて実利を重視する様などから、‘ヴェネツィア商人=抜け目のない人物’といった意味で言われるようになったほどでした。作中でも「資源がなにもないから、貿易で立つしかないから、我々の祖先が海に向かったんだよ。」と語られるこの都市は、商業と政治は別とばかりにキリスト教圏の諸都市と比べて宗教にも寛容で、イスラム圏も含めた外国商人が往来し、15世紀には他の追随を許さない商業都市として空前の繁栄を見せます。今に残るヴェネツィアの街並みもこれを受けて整備されたもので、サン・マルコ広場やレデントーレ教会などの華麗な建築物が16世紀を通して次々と建造されました。こうした活気と自由な雰囲気は先進的な知識人たちをも引き寄せ、ドイツで活版印刷が発明されるやいなや出版業の発展する要素(知識層の集中、豊富な資本、高い商業力)の揃ったヴェネツィアでは、ヨーロッパ全体の出版物の半数近くを担うほどに発展しました。それらは多様な言語にも対応し、アルメニア語の出版物やアラビア語のコーランさえもありました。コーランの字句に絶対的な神聖性を感じるイスラム教徒には、精度が低すぎて我慢ならないものであったそうですが、どんなものにも商機を見出そうとするヴェネツィアの当時の雰囲気がよく伝わるエピソードと言えるでしょう。
のちに大型船が発明され、ヴェネツィアを経由しない交易ルートが発展したことで、ヴェネツィアは徐々に国際交易都市としての地位から遠ざかりますが、地方との交易や内陸部の領地経営により一定の地位は保たれており、『ピエタ』に登場する貴族・ドゥオド家はこの流れに軌道修正して資産を増やしてきた様が描かれています。そして繁栄期から受け継いできた壮麗な建築や高い文化水準によって、他国の旅行者を魅了する芸術都市としてその名を馳せ、ヴィヴァルディの生きた18世紀には一大観光都市となっていました。彼の生み出した音楽の陽気さと軽やかさは、次々と新しいものを追い続けるヴェネツィアの空気なくしては、生まれなかったのかもしれません。
最後に、『ピエタ』作中より一言。
「この水の都から生まれる文化。ヴェネツィアの魅力はそれだ。ならばそう、それを生み出す人間がいるね。むしろ、それが一番だ。」