近代吉野林業と地域社会 : 廣瀬屋永田家の事業展開【#図書館員の気になる一冊】
編著者らのグループが永田(えいだ)家文書調査のため、東は東京から西は福岡に至る全国から図書情報館を初めて訪ねたのは2014年というから、もう10年になる。この間、当館寄託のものだけではなく、下市の永田家自体が所蔵する分や、現東吉野村の安田家所蔵文書を含めて調査は続けられた。その成果を一冊にまとめたのが本書になる。
収められた論文には、紀要論文や著者の単著などですでに発表されているものに、手を加えたものもあるが、こうやって一冊となったものを読んでみると、また違った印象を受ける。そして、ずっしりと重い。
研究史と永田家の概要について触れた序章に続く第一部では、永田家の林業経営が多方面から分析されている。吉野の杉は酒樽で著名だが、樽丸(湾曲させ樽用に加工された用材)用の杉には、長い時間をかけた巨木が必要となる。それが資本集積や、山守による管理という吉野独自の林業慣行を生んだことは先行研究で指摘されている。永田家も当初は立木権(土地ではなくその土地に生えた木の所有権)のみの取得から、しだいに土地自体をも所有するようになっていったという(第1章)。
また、搬出は、筏流しによる河川での運搬から、鉄道輸送に転換したと思われがちだが、必ずしも現JR和歌山線は木材輸送に多用されていないという。永田家の場合、品目により下市口からの鉄道利用と、従来からの筏流しを使い分けていたことを第2章は明らかにしている。第3章では、現天川村で永田家が設立した、洞川索道を活用した電気動力の製材所の意味が検討されている。
また同じ吉野郡の森林地帯でも、早くから人工造林の更新が定着していた地域と、入会や焼畑といった慣行が近代まで残っていた地域との違いを、永田家の林業経営から検討を加えたのが第4章である。
第二部では永田家が林業における蓄積を活かして乗り出した吉野銀行(南都銀行の有力源流行)や大阪鉱業といった事業経営、その背景にあった大阪周辺の資産家との縁戚ネットワークを検討している。調度品やコレクションが京博に寄贈されている貝塚の肥料商廣海家や、近江商人で丸紅の創業にも関わる伊藤忠家もそこに連なっていた。特に両替商銭屋佐兵衛の末裔逸身家との関係は深く、銀行業進出もその縁から生まれたという(第5章)。
また、永田家文書には釧路にある大阪鉱業大阪炭山の文書が大量に含まれている。文書整理にあたった当館のボランティアは、2016年に開催した資料展示「古文書の世界覗(のぞ)いて見(み)展─歴史資料調査ボランティアの活動紹介─」で、この鉱山関係資料は「単に吉野銀行の融資を介した関わりだけであったとも考えられず、疑問は残されたままです」としていた。この疑問も第6章で鮮やかに解かれている。永田家が大阪鉱業に関わったのは、経営破綻した逸身銀行経営陣、つまり逸身家関係者のバックアップの意味あいがあったという。
第7章では、永田家の家計動向や、婚姻・葬儀時に見える他の資産家との関係について明らかにしている。
編著者の中西聡氏は、本書に見られるような資産家同士が株式を持合い、お互いの事業を支えあう構図を、戦前の日本経済を特色づけるものだと、永田家文書をも用いて『資産家資本主義の生成』(慶応義塾大学出版会、2019)で指摘している。あわせて参照されたい。
なお、当館では9・10月に本書の内容を踏まえた資料展示を行い、編著者を招いての講演会を9月21日に予定しているので、ご見物・ご聴講いただければ幸いである。
(さとう あきとし)
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