カフカ素描集【#図書館員の気になる一冊】
昨年2023年はカフカ生誕140年、今年は没後100年という年です。カフカと聞くと、『変身』や『城』、『審判』といった不条理や非現実的な作風の小説を思い浮かべる方も多いと思います。小説の翻訳集や全集の他、いくつかの出版社の文庫本にも代表作が収められていますし、現在も新訳が刊行されるなど日本でも一定の読者層が存在しているようです。
20世紀の初めのチェコのユダヤ人作家。病弱ながらサラリーマンをしながら、文学作品の執筆を続けていた人です。ところで、カフカは親友のマックス・ブロートに自分の死後、手元にある原稿類はすべて焼却して欲しいと頼んでいたといいます。ブロートはその意に反して保管していた原稿類とともにナチスを逃れパレスチナに行き着いたといいます。その原稿類のうち文学関係の原稿はブロートによって編集・出版され、世界的に注目される文学史上の事件となりました。
戦後のサルトルやカミュの実存主義運動にも大きな影響を与えたのみならず、日本でも今年生誕100年を迎えた安部公房をはじめ多くの文学者に影響を与えました。ブロートがパレスチナにもたらした原稿類にはもうひとつ彼が書きためた素描作品の原稿群がありましたが、紆余曲折を経て、2019年に一冊の画集にまとめられました。それが本書『カフカ素描集』です。友人たちの間でもその実力を評価するものが少なくありませんでしたが、日の目を見なかったものです。
不条理小説といったステレオタイプな印象とは全く違う不思議な空間構成のなかで描かれたユニークな作品群は、チェコ・アバンギャルドの渦中にあって、ジャポニズムの影響も受けた作品のすべてを実物大で見ることのできる画集となっています。
彼の文学作品を改めて読み返しながら、素描という違った作品世界に触れることで、カフカの新たな世界の地平を開く端緒になるのではないかと思います。
(いぬい そういちろう)
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