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Nの廻廊 : ある友をめぐるきれぎれの回想【#図書館員の気になる一冊】

 本書を知った際には、その取り合わせに「へっ???」となりました。昭和戦時期を中心とする地道で重厚なノンフィクションを、冷静な筆致で記していく著者。一方、学生運動のリーダーから経済学者を経て、けれん味のある保守派在野言論人へと転じた西部邁。それぞれの著作には、そこそこ親しんできたつもりでしたが、あまり接点があるようには見えなかったからです。
 ふたりが出会ったのは、中学生のころとか。著者の自伝『風来記 わが昭和史(1)青春の巻』(平凡社、2013)を読み返してみると、昭和20年代後半、ともに札幌市内の中学へ越境通学していた著者と西部が、列車通学中にしばしば語り合っていて、「私の人生に最も影響を与えた」としている記載がありました。ただし、この自伝で西部が登場するのはこの箇所だけで、当時のいくつかのエピソードを紹介するにとどまっており、すっかり忘れていました。
 本書はその中学生時代と、それから約30年の時を経て再会し、以後一時期は深い親交があった西部との思い出を綴っていったものです。もともとは雑誌『群像』に2021年から連載されたもので、その前年に入水自殺をした西部へのレクイエムの趣を呈しています。著者は西部のことをおおむね、中学生時代のことは当時の呼び方である「すすむさん」、再会後については「N」と書き分けています。これは、「N」の性格やその考え方の深いところを、「すすむさん」時代のエピソードから読み取っていこうとしているためかと思われます。
 ふたつの時制を行きつ戻りつしながら、著者と「N」の叙述は、現在に近づいてきます。昭和末期の再会、当時話題になった西部の東大辞職騒動前後、雑誌創刊への協力、夫妻ぐるみのつきあいから、ふたりにあいついだ妻の喪失。晩年は、西部による交友関係の取捨等もあって、ごくまれな電話と、共通の編集者を介してのみの、淡白な関係だったといいます。
 自殺の少しばかり前、それを示唆する一節に折り目をつけ、直接郵送されてきた遺著(結果的に)を前に、著者はそれまでに聞かされていた西部の死生観を思い出しつつ、ひとり考え込んだ、としています。

(さとう あきとし)

『Nの廻廊 : ある友をめぐるきれぎれの回想』保坂正康著
講談社 2023.2

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