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「自分で名付ける」【#図書館員の気になる一冊】

 本書は、前作『じゃじゃ馬にさせといて』において、女性として感じる日常の違和感をフェミニズムの視点で指摘した著者が、その後の妊娠・出産・子育ての経験で直面した、社会で半ば当然視されている様々な事象についての疑問を綴ったエッセイです。
 冒頭で取り上げるのは名字の問題。結婚して名字を変えるのは9割以上が女性側である現状について、制度上は選択できても今の日本社会では選択する権利はないに等しいと述べ、パスワードを忘れた時の秘密の質問に「母親の旧姓」という項目が設定されていることにも触れ、女性が名前の半分を失うのを当たり前のことにしてきたと指摘します。ちなみに著者は、パートナーともども名字を変える気がなく、婚姻届を出しませんでした。
 社会生活に関することとして私が特に印象に残ったのは、臨月の著者が友人と有名洋菓子店の席を予約した時のことです。早めに着いた著者に店員がこう言います。「席はもうキープされていますが、お連れ様が揃うまではお座りいただけません」。この件に限らず著者はいたって客観的かつ冷静で、自身に起こったというよりは臨月の妊婦に起こった出来事と捉え、こう続けます。
「融通の利かないマニュアルがあってもいざという時にそのマニュアルを飛び越えることができるかは、やはりその人の資質とお店の資質の両方が関係してくる。その人がその資質を持つことをお店の資質が許さないこともある」。
 このエピソードでは“お店”ですが、“職場”や“学校”など別の言葉に置き換えることができると思います。もっと広く“社会”にしてもいいかもしれません。最低限守らねばならないこととしてルールは必要ですが、時と場合によっては飛び越えねばならないこともあるでしょう。何もかもマニュアル通りでないと進められない人は、実は本人も生きづらさを感じているのではないでしょうか。
 他人の資質を変えることは困難かもしれませんが、せめて必要な時にマニュアルを飛び越える資質と、他人が飛び越えることを許せる自分でありたいものです。

(なかにし げん)

『自分で名付ける』松田青子著 集英社 2021.7

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